タムルアン洞窟からはバイタクで、そのままボーダーに向かった。国境までは一本道が続いており数キロの距離だ。国境の橋にあるイミグレの建物が見えてきたので適当なところで下してもらった。
通りには土産物屋が立ち並んでいた。それもちょっと中国チックな栗を煎っているような店もあり、一体ここはどこの国かという感じでもある。土産物屋でトイレを借りたが、ちょうど良さそうなTシャツを売っていたので買った。100バーツ。
煎った栗を売っていた。
街の看板広告にはミャンマー(ビルマ)語のものまである。人の行き来が盛んなことがわかる。
国境の建物に向かって行くと、イミグレの前にはミャンマー人らしい顔にタナカを塗った女性たちが所在なげに立っている。見るからに顔つき、肌の色が違う。話す言葉が違う。男性はロンジーを履いている人もいる。多くのミャンマー人がこちら側に来ていた。ここにはタイ人だけでなく、日々ミャンマーの人も行き来している。日本は周りを海に囲まれ、他国と直接接することが無い。社会の成り立ちが全く違うのだ。
ところでミャンマーは軍事政権になっているが、どういう人がタイ側と行き来ができるようなっているのだろうか。
その国境の川にかかった橋の周辺を散策してみた。ミャンマー側のタチレクと人、車の往来がある。わずかな距離で別の国だ。橋のたもとには2階をレストランにした建物があり、そこからは二つの国を隔てる10mほどの川と国境の橋を間近にみることができた。
歩いて渡れそうな川幅だ。
タイ側の建物の一階には自動小銃を持った兵士がいる。
国境を隔てる川の両側には建物が迫っている。
川向うの建物とは声をかければ話ができる距離だ。女の子が椅子に座っているのが見えた。この国境の川沿いの建物に住むってどんな感じなのだろうか。
ミャンマー側のタチレクに渡ってみたかった。500バーツだと言う。しかし、どうやらコロナのワクチン証明書か陰性証明の紙がいるらしい。ワクチン証明はホテルに置いてきてしまった。今回は眺めるだけにしておいた。
橋のたもとの食堂で麺を食べた。
センミー50バーツ。
橋の左側からの眺めだ。
メーサイからの帰りのロットゥーでは2回検問があった。ミャンマー側から密入国に目を光らせているのだろう。日本人は問題ないけれども毎回なんとかく緊張する。国境の町なんだと感じる。
この帰りのロットゥーにはミャンマー人が乗っていて延々とミャンマー語で電話していた。どこに行くのだろうか。一緒に乗っているタイの人はそれをどう思っているのだろうか。
1時間半くらいかけてチェンライへ戻った。バスターミナルで降りると、トゥクトゥクの運転手が押し寄せてきて、客を奪い合おうとしていた。
夜、繁華街まで歩くのは面倒だったので、ホテルのレンタサイクルを借りて行って、バスターミナルの駐車場に停めさせてもらった。自転車で行ったのは正解だった。夕食はハンバーガーを食べた。タイ料理ばかりであったので、今日は違うものを食べたいと思った。サラダとチーズバーガーで350バーツほどだった。頼んだサラダは皿が大きくデカ過ぎだった。
ランドマーク的な時計台が綺麗だった。
こうしてチェンライの夜は静かに更けていった。
第6回につづく。