小学校6年のときに初めて読んだ「しろばんば」を、何十年か振りにあらためて買って読んでみた。この小説は、本嫌いだった子供の私が初めて熱中して読んだ本だった。そのころNHKでは少年ドラマシリーズという子供向けのドラマが放映されていたのだが、その枠で「しろばんば」がドラマ化されていた。それを見て子供心に面白かったのだと思う。本屋に行き、文庫本になっていた「しろばんば」を買って読み始めたのだ。それまで全く本には興味を示さなかったが、なぜかこの本を読み始めると夢中となった。本は面白い、ということを教えてくれたのがこの本だった。
子供の時に読んだ内容についての記憶はほとんどないが、再読してあらためて面白かった。大正時代の子供のことなのに、それがまるで同時代を生きているかのように生き生きと表現されているのだ。今はもはやなくなってしまった馬車であったり、当時の習俗や遊びが語られている。それを私は知らないはずなのになにか、懐かしい郷愁をおぼえるのだ。素晴らしい本だと思った。
もし、井上靖の「しろばんば」を読まれたことがなければ、ぜひ一度読んでみてほしい。
伊豆湯ヶ島で過ごした子供時代が描かれる自伝的小説だ。舞台は大正時代というから、今から100年も前のことなのだが、主人公の洪作少年の目で、伊豆の田舎の風物や人々が実に生き生きと描かれている。子供視点なのであるが、洪作少年の感情の機微や揺れが、とても精緻に描かれていて、読んでいる者はその物語にどっぷりとはまってしまう。
洪作少年は両親と離れ、血のつながりもない曽祖父の妾だったおぬい婆さんと離れの土蔵で暮らしている。おぬい婆さんが無償の愛を耕作につぎ込む姿、それを時にはいとわしく思う洪作との生活が描かれている。
やはり文章が上手いのだと思う。どうしたら、このように心の揺れや思いをこのように描けるのかと思ってしまう。例えば、両親が住む豊橋へ行った時、母や父に対して感じた印象、幼い妹小夜子とのやり取りが、自分のことのように手に取るように感じられるのだ。
若い叔母さき子に対する慕情や、転校してきたあき子に対する気持ちなど、何かせつなく心に触れるエピソードが淡々を書き連ねられている。今は昔のその時代や村の人々がが懐かしく思えてくるのだ。
ではまた。