Nobby blog

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銀盤の妖精 ジャネット・リン、アメリカの恋人 ドロシー・ハミル 

先日、フィギュアスケートの千葉百音選手のことを書いたのだが、時代は思いっきり遡って、昔の選手のことを少し書こうと思う。

 

1972年札幌オリンピックが開かれたとき、私は小学校6年の3学期だった。前年からテレビでは、テーマ曲である「虹と雪のバラード」が流されていた。歌っていたのはトワ・エ・モアだった。すてきな歌だと思いよく歌っていた。そしてクラスののど自慢大会が開かれたときには、その歌を歌って優勝した。それだけ札幌オリンピックに入れ込んでもいたのである。

スキージャンプでは日の丸飛行隊の笠谷・今野・青地が70m級で金銀銅を独占した。そして、フィギュアスケートではジャネット・リンに恋をした。ジャンプで尻もちをついたが、その直後のスマイルに魅了された。オリンピックのあと、映画館では篠田正浩監督による記録映画「札幌オリンピック」が上映された。私はジャネット・リン見たさに親に映画館へ連れて行ってもらった。彼女が選手村のアパートの部屋にサインをしたものが残っていた、という話がパンフレットか何かに書かれていたのをよく覚えている。

 

札幌オリンピック、ジャネット・リンのフリー演技。

youtu.be

 

それから4年後、今度はオーストリアインスブルック冬季オリンピックが開かれた。私は中学2年の3学期だった。朝食を食べていると、横のテレビでオリンピックのフィギュアスケート女子の優勝者、ドロシー・ハミルの演技が映像で流されていた。その映像は微笑みながら滑走していく姿を捉えていた。私は恋をした。英語では、Crush on ~というらしい。アメリカでは当時ものすごい人気だったらしく、America's sweetheartと呼ばれ、Crushした少年が数多くいたという。

ハミルはトリプルを飛ばずに優勝できたが、そのダブルアクセルはお手本になるほどに素晴らしく、スピンの速さ・姿勢もまたお手本であった。

また、ハミル・カットと呼ばれるヘアスタイルが有名で、これは日本人の美容師であった、須賀勇介氏が考案したものだが、世界中で人気のヘアスタイルとなった。

 

インスブルック・オリンピック、ドロシー・ハミルのフリー演技。

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インスブルック・オリンピックのメダルセレモニー。ハミルカットが見て取れる。

youtu.be

 

ドロシー・ハミルの自著、On and off the Ice。

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グルノーブルのペギー・フレミング、札幌のジャネット・リン、そしてインスブルックのドロシー・ハミル。この3人の系譜の頃はアメリカ・フィギュアスケートの黄金期であった。

 

ふと、昔のことを思い出した。

 

ではまた。