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男子フィギュアスケート 異次元の魅力 アダムシャオイムファ 

最近フィギュアスケートを見ていなかったので、アダムシャオイムファという選手を知らなかった。しかし、男子フィギュアのグランプリシリーズ、フランス杯そして中国杯での演技がものすごかった。これは大注目だと思った。

 

これまでの男子選手にはない、線の太さ、身体能力・筋力が凄いと思うのだ。ジャンプの高さ、質が凄いし、プログラムも実に魅せるのだ。特に今期はブノワ・リショーの振付によるプログラムのようだが、彼独特の振付が実にハマっている。

 

後半のステップシークエンスも見もので、音楽とも調和していて、加速度的にスピードが上がるのも異次元。フリップを横回転にする独特の技術もカッコいい。

 

そして最後にスピンの固め打ちだが、高速スピン、姿勢変化も素晴らしい。

 

こちらは今期のショートプログラム。フランス杯での演技。

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こちらはつい先日12月の大会での模様だ。冒頭の4Lzが凄い、ただし、まだジャンプの調子が今一つ戻って来ていない、と感じる。ぜひ、世界選手権に照準を合わせてほしい。

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さて、グランプリファイナルだが、アダムシャオは残念無念。周りが超ハイレベルなパフォーマンスをする中での最終滑走はちょっと緊張、力んでしまったか。それでも残りのジャンプは決めたし、やはりステップ、スピンは圧巻だった。

 

フリーではなんとか、踏ん張った。ジャンプで力んでしまっていたのか、いつもの調子ではないのが残念だった。

世界選手権での、巻き返しを期待したい。 プログラムは本当に素晴らしいのだ。そして、最後の怒涛のステップ、スピンは圧巻なのだ。

 

ではまた。

NHKドラマ「ガラパゴス」に触発されて、原作「ガラパゴス」を読んでみた。おすすめ。

先だってNHKの総合放送で、「ガラパゴス」というドラマを放送していた。これは元々BSで放映していたものを再編集し、あらためて総合放送で放映したもののようだ。

主演織田裕二、共演伊藤英明桜庭ななみ満島真之介高嶋政宏ら、という陣容もさることながら、その問題提起された内容が実に興味深かった。社会の闇をえぐりだす、硬派な社会派ミステリーだ。

 

 

ガラパゴス。この言葉は、日本の家電や携帯電話など、諸々のものが日本独自の技術やサービスにこだわって進化しつづけ、その結果として海外では受け入れられなくなり、国際競争力を失ってしまった状態を意味する。それでも政府は国内産業を保護するために、制度などで延命措置を図ってきたのだ。

ガラパゴス携帯という俗称で呼ばれる携帯がその最たるものとされる。

 

主人公である捜査一課継続捜査担当の田川警部補の丹念な調査と事件の真相に迫るドラマの一方で、仲野定文の歩んできた人生が何だったのか、そこに大きな関心を寄せた。

 

2004年に改正労働者派遣法が施行され、製造現場への人材派遣が解禁された。一方で、製造業においてはガラパゴス化した製品をコストダウンさせて何とか市場を維持しようとメーカーはしのぎを削っていた。そのしわ寄せの結果として、製造に関わる人件費をいかに圧縮するかが企業の命題ともなった。そうした状況下での派遣労働が製造現場へも可能とされたのである。これを好機ととらえたのは人材派遣業であった。企業が正社員を削減して、需要に応じて変動可能な非正規労働者へのシフトを図ることによって、また社会保障費などの圧縮を行うことで、コストダウンを図った。人件費にもかかわらず、外注加工費とみなされるのである。

こうした結果として生じた製造現場の過酷な状況に非正規労働者が追いやられた。小説では、まさに現代の蟹工船のような状況を描いている。

 

NHKドラマではどうしても時間の関係ではしょらねばならないためか、今一つ良く分からない点があったのだが、原作を読んでみて、より良く物語を理解することができた。

しかしながら、最後少しすっきりしないところが残念ではある。

 

ではまた。

 

紅葉の足利学校と鑁阿寺を散策してみた。とてもおすすめ。

秋の快晴のもと、栃木県の足利まで足を伸ばして、足利学校とすぐ近くにある鑁阿寺(ばんなじ)を見てきた。イチョウの木が見事に黄色くなっていて、とても綺麗だった。

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この足利学校に自動車で行く場合、北関東自動車道の足利ICで降りれば4kmくらいで到着できる。

直ぐ近くに、太平記館駐車場というのがあり、そこに無料で止めることができる。そこは観光案内所およびお土産屋さんなどを併設している。

また、JR足利駅から500m程度なので、徒歩で10分ほどで足利学校鑁阿寺には行くことができるようだ。

 

この足利学校は日本最古の学校と言われていて、創建は奈良時代なのか、平安時代なのか、はっきりしないところはある。しかし、明らかなのは室町時代に上杉憲実が、現在国宝となっている書籍を寄進して、学校を再興した頃からの歴史だそうだ。

そして、1549年にはフランシスコ・ザビエルによって、日本国で最大にして、もっとも有名な坂東の大学として、紹介されたようだ。日本国中から生徒が集まっていたとも言われている。

 

さて、このブログの写真は一眼レフで撮ったのだが、うっかり気づかずに変なEffect設定になってしまったので、絵のような画質になっていることをご了承願いたい。

 

以下は学校門、足利学校のシンボル。

 

こちらは遠景から足利学校を撮ったところ。茅葺屋根が歴史を感じさせていい感じだ。

 

ここからが入り口で、まず入徳門をくぐる。入徳とは特に入る、ということ。道徳心を習得するところ、すなわち学校に入る、ということだそうだ。さあ、ここをくぐって学校へ入ることにしよう。

 

入徳の文字が掛かっている。この額のオリジナルは焼失してしまったようだが、その燃えて炭になった額を中で見ることができる。

 

足利学校の参観料は一般個人で、420円だ。

目の前には立派なイチョウの木があり、みごとに紅葉していた。

 

学校門をくぐると、いよいよ足利学校の敷地内部だ。この中には、孔子廟や方丈、庫裡、遺跡図書館などがある。

 

方丈という建物を見たところ。

孔子廟に入るには、更にこの杏壇門というのをくぐらねばならない。

これは孔子が弟子たちに教えていた所に杏の木が植えられていた、ということに由来しているそうだ。

 

これが孔子廟だ。ここには孔子像が祀られている。 

 

下の写真は宥座之器(ゆうざのき)というもので、ぶら下がっている容器は空の状態では傾いている。そこに水を徐々に注いでいくと、段々ほどよくバランスが保たたれるようになる。しかし、そこでまだ水を注ぎ続ければ、いつかバランスを崩してひっくり返ってしまうのだ。

孔子の教え、中庸の大切さを身をもって体験できる、というものだ。これはなかなか面白かった。

宥座之器(ゆうざのき)とは、自らの戒めのために置いておく道具のことだそうだ。

 

上杉憲実の像だ。

 

孔子孟子などの象もあった。

 

これは遺跡図書館。この建物は大正4年に建てられたというから古い。ここでは元号の歴史に関する書物を見ることができる。

 

以上、足利学校を散策してみたが、とてもきれいに整備されていた。また、世界遺産をめざしているということで力を入れているようだった。

 

さて、ここ足利学校からは石畳の道を歩いて、鑁阿寺へ向かうことができる。

途中にはお店もあり、ランチをするにもちょうどよい。

このお店はカレーがとても美味しかった。甘味処でもあり、おすすめだ。

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歩いていると、足利尊氏象があった。

そして、これが鑁阿寺への入口。お濠があり、カモや立派な錦鯉がいた。

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鑁阿寺は、鎌倉時代、建久七年(1197年)に足利義兼によって建立された真言宗大日派の本山だ。金剛山とも言われている。約4万平方メートルに及ぶ広大な敷地を備えている。そこにイチョウなどの木々が紅葉に色づいている。

 

多宝塔。右に大銀杏の木がある。

 

多宝塔と大銀杏の黄色が実に鮮やかだった。

 

 

この大銀杏は樹齢が約650年というから古い。室町時代くらいからあるのか。

 

楼門(山門)だ。

 

ここは人もそんなに多くない一方、とても立派なイチョウの木などがあり、紅葉を楽しむにはとても良いところであった。

 

ではまた。

SwitchBotというスマートカーテンのロボット を購入してみた。

自動でカーテンの開け閉めができるという、スマートカーテンあるいはカーテンボットなるものを購入してみた。

日中ペットを家に置いて、出かけているときに陽が上ったらカーテンを開け、陽が暮れてきたら閉められれば便利かな、と思ったのだ。

ネットで検索をすると、いくつかのメーカーから似たようなものが売られていた。「SwitchBot」や「めざましカーテンmornin' plus 」などというブランドだ。

 

一番の売れ筋はSwitchBotというブランドのものだ。ということで、このSwitchBotを購入してみた。

 

さて、仕組みがどうなっているのか、というと。

まず、カーテンの一番端をレールから外して、カーテンレールに二つのローラーを引っかけて、本体をサンドイッチするように固定する。そうしたら、再びカーテンを機械本体をカバーするように再びレールに取り付ける。

本体の上部にはモーターで動く大きなローラーが付いていて、それがレールの下側に押し付けられる。そのローラーが動くことで、カーテンも引っ張られて開閉を行うというものだ。

なるほど、そういう仕組みなのかというものだ。

 

以下がその本体である。専用のアプリをスマホに入れて動かすことができる。

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取り付けはいたって簡単だった。5分もかからずにできるくらいだ。
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最初、片側のローラーをレールの隙間に入れて引っかけて、もう一方のローラーも吊り下げて、本体をサンドイッチするところで、少し力を入れないとうまくはまらない。

モーターのローラ―部分は上に出っ張っているが、押せば沈み込むようになっているので、力を入れてレール下部に取り付ける必要がある。
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あとは、カーテンの移動距離を設定すれば、簡単に動かせるようになる。

 

スケジュールという機能を使うと、朝は何時に開き、夜は何時に閉まる、という繰り返しの設定ができる。

 

今回、購入したのは一個だけで、両開きのカーテンの片側だけに付けたが、勝手に開閉するのが案外便利だ。

 

関連する記事はこちらからどうぞ。

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ではまた。

 

豪華客船「にっぽん丸」に乗船してきた。秋の絶景クルーズ 宮古・松島の旅 3~4日目 Vol.3

宮古港を出港したにっぽん丸は南下して、石巻港を目指した。3日目の朝8時に入港予定だ。

朝、つい早起きをしてデッキに出ると、ちょうど陽がのぼるのが見えた。まだこの日も少しうねりがあった。

目次

石巻入港~出港

8時入港そして下船が始まるということで、朝食は早めにとる必要があった。レストラン瑞穂では和食か、ビュッフェスタイルの洋食を選ぶことができる。なんなら、和食を食べて、更にビュッフェを取ることも可能だ。 和食と洋食ビュッフェを選べるという選択肢の多さもあるのか、6階の春日よりも混んでいた。

ビュッフェにはにっぽん丸オリジナルのビーフカレーもあったので、つい余計にそれを食べてしまったが美味しかった。

 

この日はすっかり天候も戻ってきていて快晴だった。ただそのためか朝方は冷え込んでいて、朝8時のデッキはとても寒かった。一けた台の気温だった。そんな中でも早朝から岸壁では多くの人が大漁旗を振って、にっぽん丸の入港を出迎えてくれていた。ありがたい話である。

地元中学校の吹奏楽部が歓迎の演奏を披露してくれた。その中で東日本大震災復興支援ソングの「花は咲く」が歌われ、演奏された。美しいハーモニーと歌声が胸に染みた。

石巻港でも感動があった。

歓迎の垂れ幕で出迎えをしてくれていた。


ここ、石巻でもオプショナルツアーがあり、1)松島行きバス(遊覧船オプションもあり)、2)ようこそ石巻、 3)女川応援ツアー の3つのコースがあった。

ただし石巻での滞在は短く、13時に出港のため、3~3.5時間のコースとなっていた。

 

ふと岸壁に並んだテントをみると、レンタサイクルが出ていたので、これはいいなと思った。宮古港でも同じようにレンタサイクルが並べられていた。自分で動くにはレンタカーを借りるのも良いが、もっとその土地の空気感を感じるためには、レンタサイクルもいいかもしれない。もし、次回にクルーズに乗るようなことがあれば、ぜひ自転車で街を巡ってみたいと思った。

 

岸壁には、女川のゆるキャラ、シーパルちゃん石巻のキャラクターいしぴょん、という二つのキャラクターもお出迎えしていた。

 

つかの間の寄港時間が終わると、出港のイベントとなった。

石巻では出港時のイベントとして、地元高校生のチアリーディング・パフォーマンスが披露された。肩に乗るようなアクロバティックな技を展開していて、ハラハラしながら見ていた。

 

3日目午後~夕食・浅野祥プロジェクト再び

さて、船に戻ると遅い昼食をとり、そうこうしているうちにビンゴゲーム大会が始まった。これも目玉のイベントの一つだろう。司会をしていたイベントのディレクターがテレビ局のアナウンサーのような達者なMCぶりであった。

ビンゴになった人がどんどんと席を立って行った。こりゃビンゴにならないかと思いきや、最後で当たった。成果は、なんとフィナンシェだった。やった。

 

ディナーは、まず前菜が宮城県産鰹のなまり節、つぶ貝と長芋の山葵和えなど、そしてズワイガニも出てきた。

メインとなるのは、国産牛のすき煮だ。それまでにも、焼き物、揚げ物が出てきたので、けっこう食べ応えがあった。

デザートは、苺大福、梨、オレンジだ。苺大福がジューシーで美味しかった。

こうしてこの夜もたらふく食べたのだった。

 

さて、その夜、浅野祥プロジェクトが6階ラウンジ海でサロンコンサートを開くということになっていたので、夜聞きに行った。なんと会場は大入りの満員ですごいことになっていた。前夜の演奏を聴いて皆もう一度見てみたいと思ったのだろう。

その夜は、ピアソラリベルタンゴを含め、世界の名曲という名のもとに演奏が繰り広げられた。前夜を彷彿とさせる熱い演奏で観客も乗っていた。特に民謡のメドレーが素晴らしかった。

このような良いコンサートを聞けるとは思っていなかったし、またにっぽん丸に乗らなければ、恐らくこの演奏家のコンサートを聞きに行くことはなかったと思うので、本当に良かった。

 

こうして興奮とともにその夜は更けていった。 

 

そして東京港へ 

4日目朝、起きてみると既に東京湾に入ってきていた。朝日が上がっていた。寝ている間に東京へ戻ってきていた。思えばあっという間の航海だった。そういえば、やり残したことがあった。うっかりショコリキサーを1回しか飲まなかったのだ。毎日飲もうと思っていたのに、いろいろな行事があって行きそびれてしまっていた。7階へ上がってみたが、朝は閉まっていて飲むことができなかった。残念。 

 

8階のデッキに上がってみた。赤い煙突が見える。ここは1周100mのコースの縁取りがしてあって、回遊することができる。デッキチェアまで置いてあったので、隠れ家的に晴れた日に日光浴するにはいいかもしれない。

船は東京港に近づきつつあった。スピードを落として、波のない東京湾を滑るかのように静かに進行していた。

往きとは違って、今日は東京国際クルーズターミナルに到着する。ターミナルの前まで来ると、ここで船はタグボードに押されて180度回転をした。舳先からそのまま出港できるように位置を変えたのだ。

終わってみれば、あっという間の3泊4日だった。初めてのクルーズだったが、とても充実していて、素晴らしい体験だった。   

にっぽん丸、さようなら。また、いつかお会いしましょう。

にっぽん丸は休むことなく、この後夕方には再び新しい航海に向けて出港をしていくのだった。

 

ではまた。

 

豪華客船「にっぽん丸」に乗船してきた。秋の絶景クルーズ 宮古・松島の旅 2日目 Vol.2

2日目は最初の寄港地、宮古に11時入港予定だ。昨夜はけっこう激しく揺れたせいか、早朝の船内は静かだった。フィリピンのクルーが所在なげに立っているラウンジでコーヒーを飲んだ。

 

目次

2日目朝食~ 宮古入港

朝食はなんとなく揺れで食欲がなかったのだが、レストラン春日の洋食を食べてみることにした。朝食は2か所のレストランから選ぶことができる。和食と洋食バイキングの瑞穂、そして洋食の春日だ。この日は入港が11時ということで朝に時間があったので、オーダーで頼む卵料理やパンケーキに時間がかかっても大丈夫ということで春日を選んだのだった。

パンケーキはプレーンとその日のフレーバーの2種類があって、両方を頼むこともできた。卵料理はオムレツやスクランブル、フライドエッグ、ボイルドエッグから選ぶことができた。オーダーメニューの他には、テーブルサービスとして、スープ、パン、フルーツ、コーヒーなどがあった。更にセルフサービスで、サラダやヨーグルトなど取ることが出来た。結構一杯になってしまった。

 

テーブルにはメニュー表が置かれていたのだが、昔の(大正時代~昭和初期か)大阪商船時代の広告の絵柄を印刷したものになっていて、往時の模様がうかがえるようになっていた。神戸基隆間が一等で65円とある。現在価格にして約26万円といったところか。

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さて、船は三陸沖を北上を続けて、本州最東端の魹ヶ埼灯台を通り過ぎた。こんなところに最東端があるとは知らなかった。

少しすると、宮古湾に向けて左へ入って行った。
船内テレビでは船の現在位置や航跡を見ることができた。

あの奥の方が宮古の港のようだ。昨日は悪天候だったようだが、今日は晴れてきていた。湾内に向けて次第に波がおさまってきていた。 

船で目的地に到着するというのは初めての体験だ。次第に宮古港の藤原ふ頭が近づいてくる。屋根にMIYAKOと書いてある。電車や飛行機であればあっという間に到着する。なんら感傷にふけっている暇はない。慌ただしく降りることになる。しかし、船の旅では接岸するまでに随分と時間がかかる。

その間に周りの景色を眺め、これから訪れる場所について夢想する時間がある。船の旅にはそのような情緒的な時間があるのだった。

屋根に書かれた大きなMIYAKOの文字を見ると、はるばる宮古までやってきたのだという思いがする。大勢の人が大漁旗を振っている。昨晩のカクテルパーティーで、クルーから東北の寄港地の歓迎ぶりは本当に素晴らしい、という話があったが、本当にそうだと思った。

にっぽん丸は無事に接岸した。

 

岩手県宮古市キャラクター「サーモンくん・みやこちゃん」も待ってくれていた。

鮭の街宮古をPRする双子のサケの兄妹だそうだ。このみやこちゃんのボンボンは、なんといくらで出来ているという。口元がオバQみたいでかわいいのだ。

にっぽん丸の宮古港への寄港は今回がちょうど20回目ということで、すごい歓迎ぶりだった。

地元小学校の児童による小沢獅子踊りが披露された。

また、お振舞として、秋刀魚のつみれ汁をいただいたが、とても美味しかった。

 

寄港地ではオプショナルツアーや、自由行動など好きに選んで出港までに時間を過ごすことができる。

オプショナルツアーは1)ようこそ宮古、2)神秘の地底湖 龍泉洞を訪ねる、3)三陸鉄道レトロ車両乗車と絶景北山崎 という3つのコースがあった。どれも1万円を超える結構な値段なのだ。 当日はバスが迎えに来てそれに乗り込んでいくという形だ。バスガイドさん、そしてにっぽん丸クルーも添乗し、バスの道中はバスガイドさんの話を聞くことができるようになっていた。

この模様はまた別途記事にしたいと思う。

 

感動的な出港風景 

さて、16時ごろに三々五々乗客が戻ってくると、17時の出港に向けて出港セレモニーが行われた。地元中学生による吹奏楽の演奏が披露された。

そして、いよいよ宮古ともお別れとなったが、そのときハプニング的に小さい子供が「にっぽん丸、また来てねー。」と繰り返し声をあげた。そのバックにはいつの間にか蛍の光が流れていた。日は傾き、夕暮れとなっていた。それは実にエモーショナルな光景で、ふいに頬を涙が伝った。

電車や飛行機では恐らくこういうシーンはない。船旅ならでの情景だ。にっぽん丸に乗ってよかったと思えた時間だった。しだいしだいに岸壁が遠くなる。その中いつまでも手を振り続けていた。

にっぽん丸がいただいた歓迎大漁旗は吹き抜けのロビーに高々と掲げられていた。サイズがちょうどぴったりだった。

 

出港するとまもなく、夜のメイン・イベントである浅野祥プロジェクトのコンサートが始まる。2部制となっていて、ディナーの前後に参加するようになっている。クルーズというのはゆったりしているようでいて、イベントが目白押しである。全てに参加しようものなら大忙しである。

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浅野祥プロジェクトは素晴らしかった。

ほとんど知らずに、若干Youtubeで調べた程度で拝見したのだが、のっけの津軽じょんから節が正統な津軽三味線で始まったが、二曲目から浅野祥の歌う、民謡フュージョンと言っていい、新しい形での民謡の歌、演奏には痺れた。彼の歌声が素晴らしく、そしてピアノ、ベース、という西洋楽器と二十五絃箏、津軽三味線という和楽器フュージョンであり、またジャズを取り入れた演奏は実に多彩であった。グルーブ感たっぷりの演奏はハイレベルで、圧巻としか言うことがない。

民謡という独特の節回しは、しかし日本人にとってはどこかで聞いたことがあるものであり懐かしい。その音楽が従来の枠を超えて、下のチラシに書かれているように世界のさまざまな音楽と融合して演奏された。これは民謡というものを将来へ伝承していく意味でも実に新鮮だった。

MIKAGE Projectとして世に問うているようなので、ぜひこれからも注目していきたい。

 

ところで、二十五絃箏というのは初めて目にし耳にしたのだが、幻想的な音色も響かせていた。それにしても、二十五絃箏は調律がなかなか大変そうであった。

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瑞穂での夕食。

 

夕食後もカジノや夜食、ラウンジなど夜遅くまで楽しむことが満載で、夜は更けていくのだった。

 

夜、デッキに出てみると月が水面に反射しているのが見えた。本当はもっと暗いのだが、写真にすると明るくなってしまった。

 

 

ではまた、次回へつづく。

 

豪華客船「にっぽん丸」に乗船してきた。秋の絶景クルーズ 宮古・松島の旅 初日 Vol.1

以前にクルーズなるものに興味をもったという記事を載せた(下にリンク)が、遂に本当にクルーズの旅に行ってきたので、その様子を載せたいと思う。初乗船したのはにっぽん丸。その秋のクルーズで、東北の宮古港、石巻港に寄港するという3泊4日の旅だ。

なぜ、東北の三陸かといえば、なかなかここら辺は行きにくい所であり、また行ったことがなかったのだ。そして、11月と言えば紅葉ということで、では行く機会もなかなか無いであろうところへ行ってみようということになった。

目次

出発前 ~宅急便の手配など

出発の2週間前ごろになると乗船券やクルーズのしおりという案内の冊子が送られてきた。否が応でも期待が高まるのだった。そして、これを読めば乗船日にどこへ行けばいいのか、宅急便でスーツケース(キャリーバッグ)をいつまでに送ればいいのか、クルーズ中の過ごし方などがわかるようになっていた。

乗船券には948次の航海とあった。この船は1990年の就航ということで、すでに30年を超える年月を航海しているのだった。

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荷物については古いスーツケースでとても重い物しかなかったので、できれば宅急便で送りたいと思っていた。案内によれば、宅急便の発送は遅くとも出港日の5日前には行わないと間に合わないということだった。結構締め切りが早いので注意が必要だ。

このところの異常な気候もあり、どのような服装をもっていくか、天気予報を見てぎりぎりで判断したいところもあったが、早めに送らないとならないので、寒いことも想定して服を入れることにした。

ヤマトの宅急便だったが、往復を基本として依頼できるので便利だった。これで当日は最低限の手荷物で臨むことができるというわけだ。

 

出港日 ~乗船、部屋、出港

今回のクルーズは東京港の東京国際クルーズターミナルから出港するはずだったのだが、どうやら外国の客船とかちあったためか、にっぽん丸は有明地区の多目的ふ頭というところからの出港となっていた。おそらく、にっぽん丸の方が停泊時間が短く、午前中11時に出港だったために場所を譲ったのであろう。

このふ頭に停泊するというのは、なかなかレアなことらしかった。またこの日はちょうどジャパン・モビリティ・ショーが東京ビッグサイトで開かれていることもあり、周りはにぎやかだった。

 

最寄りとなるりんかい線国際展示場駅およびゆりかもめ有明駅からは無料のバスが出ていて、それに乗ったら直接岸壁まで行ってくれるのだった。

クルーズ船では小型とはいえ、全長166mあり実際に見ると大きかった。

フロアは7階まであり(屋上デッキを含めると8階)、迫力がある。

これ何だかわかりますか。以前のテレビ番組で取り上げていたのだが、ネズミ返しなのだ。猫の絵が描かれていてユーモラスだ。

送迎バスがやってきては人々が乗船していく。

一番下の丸窓が1階で、順番にフロアが並んでいる。5階、6階にはベランダがある。

岸壁では船の横にバスが横付けされて、乗船券を見せてそのまま乗船し、2階で乗船受付を行うという流れでとてもスムーズで、あっという間にチェックインは終わったのだった。

2022年までのコロナ禍においては徹底した健康管理チェックが乗船まえに行われていたようだったが、今回はそういうことはなかった。

 

さて、まずは部屋へと入ろう。部屋は3階だった。廊下はホテルなどと比べるとさすがに狭い感じだが綺麗で、雰囲気が良かった。

部屋に入ると、既にスーツケースが届けられていた。実に至れり尽くせりでサービスが素晴らしい。このスーツケースは結構大きいのだが、一旦広げて荷物を出した後は、ベッドの下に入れて置けるのだ。うまくスペースを利用できるようになっていた。

この部屋はスーペリアツイン。広さ的には十分で、また設備も機能的に作られているので、申し分なかった。まあ、強いて言えば、ソファとテーブルの間に足を入れるのが窮屈だったが、テーブルは動かせるので問題ない。

冷蔵庫には水とスパークリングワインが入っていた。

3階のロビーは華やかにしつらえてあった。

吹き抜けにはこのような意匠がこらしてあった。エレベーターは3機あるが、1階程度を移動するには階段の方が便利だった。

さて、11時の出港の時間になると銅鑼をもったクルーが練り歩き、打ち鳴らす。出港の合図だそうだ。演出で雰囲気を盛り上げる。

そして、出港をお祝いするカクテルとソフトドリンク(白いのはカルピスだった)が振舞われた。

タグボートに誘導され、ゆっくりと東京湾内を進む。

有明が次第に遠ざかって行く。

東京湾アクアラインの通気口施設の横を通り過ぎる。東京湾内は波もなく穏やかだった。そのときはまだその夜の揺れを知らなかった。


この日東北地方は低気圧が通過しており、沖合はかなりの時化となっていたのだった。

 

船内の様子

さて、まずは船内を探検してみた。ちょうど10月末ということで、各所にハローウィンの飾りつけがしてあった。とても綺麗で凝っている。

飾りつけの演出が素晴らしい。

ある一角にはこれまで寄港した各港のプレートが飾られている。これまでの軌跡がわかるのだ。

いたるところにソファがあり、くつろげるようになっている。

こちらは6階のラウンジ海。ここではアフタヌーンティーを楽しむことができた。どこも混んでいないので、自分のペースでゆったりと楽しむことが出来るのが良かった。

5階のeカフェ&ライブラリーは、思っていたよりも遥かに沢山の蔵書があり、しかも最新の本まである。借りて部屋で読むこともできるようになっているので便利だった。

このライブラリーはけっこう中が広くて案外ひっそりと読書を楽しむことができた。隠れ場所だ。

その近くにはお土産を買うショップがあった。

7階にはランニングやバイク漕ぎができるジムがあった。空いているのでいつでも使い放題だった。

5階にはカジノ・ラウンジがあって、初日の昼間にはブラックジャックやルーレットのルールについて説明をしてくれた。

 

昼食~午後ティー~夕食~エンターテインメント

初日はお昼ご飯から提供されたので、レストラン瑞穂へ向かった。和牛と男爵芋のコロッケや鰆の南蛮漬けなどだった。

デザートのストロベリーアイスとわらび餅が美味しかった。

 

午後はいろいろなイベントに参加したりと好きなことをして過ごした。大浴場まであったが、湯舟は二つあって結構広かったのでゆったりできた。海の上で風呂に入れるなんて不思議な体験だった。

 

ラウンジ海でアフタヌーンティーを楽しんだ。それにしても、なんとも贅沢な体験だ。

初日の太陽が沈んでいく。海の上で見る夕日はとてもきれいだった。

 

この船は多くのフィリピン人クルーに支えられている。乗ってみて、彼らの存在の大きさに改めてそのことに気づかされた。レストランやカフェのクルー、アスール★プラ★プティのメンバー、他のホスピタリティが素晴らしかった。機会があれば、いろいろな話を聞いてみたいなと思った。

 

そして、夕食。フルコースだ。この日はドレスコードセミフォーマルということだったので、服が少々窮屈だった。

船内ということで火力を使うことができないという制限がある中で、電磁調理器でもとても凝った料理でもてなしてもらった。こちらはサーモンのコンフィ、無花果のカプレーゼ、パッションフルーツのソースだ。


ディナーの前後で、ハウスバンドであるアスール★プラ★プティのショーが行われた。全ての歌手・奏者のレベルがとても高かった。その中でもサックスやギターが印象に残った。個人的にはホテルカリフォルニアはボーカルの声を含め、イーグルスの完全コピーという感じでよかった。

フィリピンのマニラで厳しいオーディションをくぐり抜けてきた精鋭で結成されている、ということだけあって、その実力は素晴らしかった。


しかし、寝静まった深夜に船は次第に時化の海に突入していき、かなり揺れた。時々、ドッカーンという音が聞こえ、前後にゆっくりと大きく揺れる。あのドッカーンというのは波の打ち付ける音だろうか。乗船前に薬を飲んでいてよかった。激しく揺れたが酔いはしなかった。ただ、揺れと音で良く寝られなかった。

船酔いには乗船前に、揺れを感じて気持ちが悪くなる前に薬を飲むことが重要だと思った。

 

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ではまた、次回につづく。